東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)372号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 構成について
(一) 一次裏地糸の長手方向配向性について
成立に争いのない甲第一号証及び第七号証によつて、本件発明と第一引用例記載の技術における一次裏地を対比してみると、いずれの一次裏地糸もプラスチツク偏平糸を使用しており、本件発明で長手方向に高度に配向されたものと特定している点を除き、両者の構成が一致していることは審決認定のとおりである。しかも長手方向の高度配向性については構成上の具体的限定は、特許請求の範囲にも、発明の詳細な説明にも格別みられない。
ところで成立に争いのない甲第五号証によつて審決が長手方向の高度な配向について引用する第五引用例記載の技術を検討すると、確かに、原告が主張するように、配向偏平糸が網状に分割されて繊維化する旨の開示もあるが、一方、「できるかぎり延伸して物質に高度の配向性を与えるのが有利であり、附加的な傾向として、その際物質の本性と無関係に、亀裂なしに帯状物又はフイルムの原初の長さの四―二五倍に延伸させることができる。」(甲第五号証第一頁左欄第一三行ないし第一七行)、「高分子有機物質を配向性を与えるために伸長せしめたフイルム又は帯状となし、」(同第二頁右欄第四六行ないし第四七行)とあるように、延伸によつても亀裂を生ぜず容易に分割しない程度の、高度に配向することについて開示されていることが認められる。
また、成立に争いのない乙第一号証の一ないし四によれば、偏平糸である合成フイラメント糸についても、延伸強度を得るために延伸即ち配向を与えることが慣用され、延伸した場合には通常熱固定して安定し強度が向上することが技術常識であることが認められる。
そして、前掲甲第一号証によれば、タフテイング針が偏平糸の中央部、端近くを問わず均一な間隔で裏地を貫通する旨(甲第一号証第三欄第一〇行ないし第一六行参照)、織地の寸法安定性が大いに改良される旨(同第四欄第一五行、第一六行)など一次裏地糸の高度配向から導かれる効果について記載されているから、この効果を得る目的のために、前記認定のような、偏平合成糸の強度向上を得るための延伸配向の慣用技術のもとに、第五引用例に開示されている、偏平糸を延伸によつて長手方向に高度な配向性を与える技術を用いることは、当業者であれば容易に推考できる程度のことといわねばならず、この点に関する審決の判断に誤りはない。
(二) より重い二次裏地について
前掲甲第七号証によれば、本件発明の二次裏地の構成上の限定としては、特許請求の範囲に「仕上げ房付きパイル地に量体を付与し且つ前記パイル糸を固定するために前記連結ループと一次裏地とに重ね合わせた前記一次裏地よりも重量のある二次裏地」とし、発明の詳細な説明にも「一次裏地よりも厚手で、……二次裏地とより成る。」(甲第七号証第一頁右欄第二七行ないし第三一行)、「それよりも厚手の二次裏地」(同第二頁左欄第三八行)、「重い厚手の二次裏地には、房付き地の量体の役目をなさしめる」(同第三頁左欄第三七行、第三八行)とあるだけで、それ以上の具体的な限定はなく、その余の本件発明の構成要件との格別の結合的組合わせの限定も認められない。
ところで、成立に争いのない甲第四号証によれば、第四引用例には敷物に関する房付きパイル地の裏に、スポンジゴムではあるが、一インチ以上の厚さの、より重い二次裏地を使用することが記載されているし、また成立に争いのない甲第二号証及び第三号証によれば、第二引用例、第三引用例には房付きパイル地の二次裏地に織物を使用することが記載されているから、本件発明の構成における、より重い二次裏地は、第二引用例ないし第四引用例に記載の技術から通常の裏地として、当業者が容易に想到しうる範囲のものというほかなく、この点に関する審決の判断に誤りはない。
2 効果について
前掲甲第七号証によれば、本件発明が一次裏地糸に長手方向に高度に配向されたプラスチツク偏平糸を使用することによる効果として、原告主張のとおり、<1>薄い裏地が形成される。<2>防湿性が付与される。<3>均等なパイル密度の製品が得られる。<4>寸法安定性が得られる。ことが認められる。しかしながら同号証及び前掲甲第一号証並びに弁論の全趣旨によれば、その効果のうち<1>及び<2>の効果は、プラスチツク偏平糸の属性から導かれ、高度に配向したことから導かれる効果ではなく、実質的に偏平な横断面を有する均等な合成物質のモノフイラメント糸で織成した一次裏地を使用する第一引用例の発明においても当然予測される効果であり、長手方向に高度に配向したことから導かれるものと認められる<3>及び<4>の効果も、前示1の(一)に説示したとおり、第一引用例に、タフテイング針が偏平糸の中央部、端近くを問わず均一な間隔で裏地を貫通する、また織地の寸法安定性が大いに改良される旨の記載があり、これに第五引用例に開示されている偏平糸を延伸によつて長手方向に高度な配向性を与える技術を適用することが容易に推考できることを考慮すれば、第一引用例及び第五引用例記載のものから当然予測される範囲内のものと認められ、この点に関する審決の判断に誤りはない。
また、より重い二次裏地を構成とすることによる作用効果について検討すると、原告主張のうち、<イ>パイル地をしつかりと裏地に接着固定させること、<ニ>ある程度の嵩高い重量のある織地を使用して量体感、重量感を与えること、<チ>寸法安定性を改善すること、がいずれも本件発明の明細書に記載されている効果であることについて争いはないが、右<イ>及び<ニ>の効果は、前掲1の(二)に説示したとおり、本件発明の構成としての、より重い二次裏地が第二引用例ないし第四引用例に記載の技術から容易に想到しうる格別の限定もない通常の裏地の範囲内に過ぎないから、当然予測できる範囲内というほかなく、<チ>の寸法安定性の点は、同じく前掲1の(二)に説示のとおり、本件発明におけるその余の構成要件との結合的組合わせの限定が認められない以上、通常の裏地に比して改善の点があるものとは認められない。そして、その余の原告が主張する効果は前掲甲第七号証によれば、本件発明の明細書に記載がないことが明らかであり、他に格別の立証もないから本件発明の作用効果とすることはできず、これらの点に関する審決の判断にも誤りはない。
三 そうすると、判断の誤りをあげる原告の主張はいずれも理由がなく、本件審決を違法としてその取消を求める本訴請求は失当として、棄却すべきものである。
〔編註その一〕本願発明に関する事項は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
特許第五四五七八六号発明の特許(以下、「本件特許」という)は、名称を「房付パイル地」とする発明(以下「本件発明」という。)につき、一九六三年一二月二六日付のアメリカ合衆国への出願に基づく優先権を主張して昭和三九年一二月二三日に出願人パツチヨグ・プリマス・コーポレイシヨンによつて出願され(特願昭三九―七二七七〇)、昭和四四年六月一二日に登録されたものである。その後、原告は本件特許権の譲渡を受け、昭和四九年一二月一四日付で登録名義人の表示変更特許権移転登録申請をし、昭和五〇年一月二八日原告への移転登録がされた。
ところで、昭和四九年六月一二日、積水化学工業株式会社は本件特許の無効審判を請求し、昭和四九年審判第四三五六号事件として審理されたが昭和五五年七月一八日「本件特許はこれを無効とする。」との審決があり、審決書の謄本は同年八月一三日原告代理人に送達された。なお、原告のため三か月の附加期間が付与された。
二 本件発明の要旨
「実質的に偏平な横断面を有する均等なモノフイラメント糸で織成した一次裏地と、前記一次裏地の一方側にはパイルループを、また他方側には連結ループを形成するように前記裏地の糸を刺通して前記裏地に捕捉させた複数列のパイル糸と、仕上げ房付きパイル地に量体を付与し且つ前記パイル糸を固定するため前記連結ループと一次裏地とに重ね合わせた前記一次裏地よりも重量のある二次裏地とより成り、前記一次裏地の糸を合成塑性物質で形成し、前記合成塑性物質を前記糸の長手方向に高度に配向せしめたことを特徴とする房付きパイル地。」
(別紙図面(一)参照)。
〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。
別紙
(一) 本件発明
<省略>